関東譜 2011年11月18日

幼年期に失明同然となった群馬県出身の富岡兵吉。日本初の病院勤務マッサージ師、また盲学校教諭を務めた。

医療として認められていなかった「鍼灸(しんきゅう)・マッサージ」を、社会的に認められる道を開き、晩年まで、その技の高みを追求した。数々の困難を克服した富岡には、目が不自由であることを理由に自分のできることをおろそかにしない、との信念があった。

前橋創価県の高橋さん(副白ゆり長)も19歳の時、光を失った。人生の全てを失うかに見えたが、どん底からはい上がる思いで信心を支えに自身に挑戦した。”自分にはまだ自由に動く手と足がある”との確信に至った時、生きる希望を見いだした。宿命を使命に変え、今、2児の母として育児に励みながら、マッサージの仕事を通してはつらつと活躍する。

池田名誉会長は「信心の眼(まなこ)で見れば、進むべき道が見えてくる」と。人生の障壁(しょうへき)が自身の「心の壁」だと気づいた時、使命の扉は開かれることを確信したい。

(2011年11月18日 聖教新聞掲載)

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